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河相我聞「とにかくふざける」調子に乗っていた若い時 [芸能人・若手時代]


インタビュー



90年代、彗星のごとく突如
現れた河相我聞さん。

代表ドラマと言えば

「天までとどけ」

ですよね。

そんな河相我聞さんが
昔を振り返るという

インタビューの内容が実に
面白い。

その内容とは?



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若い時の河相我聞



デビュー当時の16歳の頃
イケメン俳優として
事務所は売り出していた。

しかし河相我聞さんは
当時付き合っていた彼女と
同棲していたり

仕事に行くとなると
平気で2時間の遅刻。

どんな大御所が相手でも
遅刻やタメ口を平気で
やっていたそう。

当時を振り返り河相我聞
さんは

「あの時の僕の
 仕事、恋愛、遊びの割合

、遊びが6割、恋愛が3割で
 仕事は1割くらいでした。」

「小さい頃からお仕事させて
 いただいていたせいか

 当時は仕事をしている感覚
 という全然なくて。

 きちんとやらなくちゃ!
 みたいな感覚も全然なかった。」

と若い頃の自らの行いを分析。

当時は仕事が始まる数時間前まで
飲んだり遊んだりドンチャン騒ぎ。

女の子とも果てしなく遊んだとの
こと。

そんな当時の河相我聞さんに

ドラマや映画の監督はもちろん
時にはとんでもない大物俳優に

「お前は仕事をなんだと思って
 いるだ」

とかなり怒られたそう。

それでも調子に乗ることをやめ
なかったという。

そんな河相我聞さんが意識が
変わるきっかけがあったのです。

そのきっかけとは?



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小田和正との出会い



実は河相我聞さん

22、3歳くらいの時芸能界を
やめようと考えていたそう。

「このまま続けても先が
 楽しくなさそうだなぁと
 思っていた。」

と答えています。

そんな時に小田和正さんと
共演したそうです。

「小田さんの作品に参加させて
 もらったときに

 50歳を過ぎた人がまだ何か
 新しいものを作ろうと
 しているという姿に感銘を
 受けた。」

演技や監督業はもちろん
掃除やその他の雑用をする
小田和正さんを見て

自分の人生の考え方を
見直した河相我聞さん。

やんちゃだった少年も今や
2人の息子の父親。

父として

そして一人の男として

これからも一つの仕事に
全力で挑むと最後に

今後の意気込みを語って
いました。



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感 想



若い頃ってなんで自分は
無敵と思えるのでしょうか?(笑)

何でも出来るし何をやっても
良いと私も思って好き勝手

やっていたことを思い出します。

若い頃を思い出して今の自分
の行動をたしなめることも

たまには必要かもしれません。



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堤真一が自分の駆け出し時代を語る。「生意気だった」 [芸能人・若手時代]

堤真一が自分の駆け出し時代を語る。「生意気だった」

大人気俳優の若手時代



最近では「マッサン」にて
豪快な関西弁の社長役を
演じた

堤真一さん。

今や大人気俳優となり
数々のドラマに出演しています。

そんな彼が次に挑戦する
ドラマが7月からスタートする

「リスクの神様」

という番組。

堤さんが演じる危機管理の
専門家・西行寺が、

トラブルに巻き込まれた
企業や個人を救う本格社会派
ドラマ。

なんと意外だったのが
連続ドラマの主演は本作が
初めてであること。

なぜ今まで連続ドラマに
出演しなかったのでしょう?


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仕事を選択していた時代



連続ドラマになぜ今まで出演
しなかったのか?

堤さんはインタービューで
答えています。

「若いころは、基本的に舞台を
 中心にやっていました。

 舞台は自分を表現できる最高の
 場所だと思っています。

 当時はやっていたトレンディドラマ
 の出演オファーをいただいても
 お断りしていて。

 生意気にもめちゃめちゃ仕事を
 選んでいたんです。」

なるほど。
でも仕事を選択することは悪いこと
ではないですよね。

堤さんは続けてこう答えています。


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 「ドラマは脚本を読んで面白いと
  思えるものだけ。」

 「連続ドラマに主演する=人気者
  になる作品と当時は思っていて

  そういうのは自分には向かない
  気がしていましたから」

人気者になることをあえて避けていた
という"クソ生意気な若いころを自虐
した堤さん。

最近は、自分を表現するのに場所では
なく自分自身であることを自覚できた
そう。

「人間は成長するもんですね」

と自分が成長したことを嬉しそうに
話した。


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感 想



雰囲気があって出演する作品は
どれも面白い堤さん。

大人なイメージがあった分
若い頃の話って面白いですね。

若い頃はなんでも勢いでこなせ
るものです。

変化した堤さんの演技を見るのも
またいいかもしれませんね。



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デビット伊東。ヒロミとB21スペシャル時代の下積み生活を語る [芸能人・若手時代]

デビット伊東。ヒロミとの下積み生活を語る

再ブレイク中のヒロミ



現在、俳優兼ラーメン店の経営者
としても活躍している

デビット伊東さん。

ラーメン店の経営も順調の様子。

昔は3人組コントグループ
「B21スペシャル」で
大人気となった

デビット伊東さん

そんなデビット伊東さんが
若かりし頃の下積み生活を
語った。

そんな下積み生活とは?



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貧乏な下積み生活



高校を卒業したデビット伊東さんは
芸能人を目指して上京。

「オスカル」というショーパブで
歌ったり踊ったりしていたん。

しかし「オスカル」が閉店。
それから半年間。

デビット伊東さんは言います。

「私の一番お金がなかった時期ですね。
 いや本当にどうにも食えなかった。」

月12万~13万円稼いでいた収入が
一気になくなり生活が苦しくなった。

もともと水泳が得意だったデビット伊東
さんは水泳のコーチをします。

しかし、水泳コーチの時給は680円。
しかも、2時間くらいしか働けなかったそう

たいした金になりませんでした。

お金がないので当時ヒロミさんとデビット伊東
さんで先輩の家に転がりこんだという。

その頃の食事と言えば・・・



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「よくフランスパンをかじってました。
 よく噛まないとのみ込めないので
 だんだん顎が疲れて食べたくなくなる
 んですよ。」

「あと、1個のカップラーメンをヒロミさん
 と分けて食べたり。」

「ひとりは“麺担当”で麺だけを食べ、
 もうひとりは“スープ担当”でスープに
 フランスパンとかを浸して食べるんです。」

ととんでもない食事生活を告白。

しかし応援してくれた人もいたそうで

若い頃からひいきにしてくれた
ファンの人がいたそう。

その人は裕福な人らしく、食事に連れて
いってもらったりして時には豪華な衣装
までくれたそう。

その時期は食べるのに必死でひどいことも
したという。

そのひどいこととは?



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もらいものはすべて質屋に



ヒロミさんとデビット伊東さんは
ファンからいただいたい衣装を売り、
お金に換えていたそう。

「あの時はそんなひどいことをしていました。」

「ただその時は生きていくのに必死で」

自分の生活には変えられないですよね。(笑)

再ブレイクしたヒロミさんについても

「本当に嬉しい。これからも元気で
 頑張ってほしい」

と応援していることを明かしたデビット伊東さん。

自分自身も再ブレイクとなるだろうか。



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